Adamの故郷への旅、かなりの長い記事になります。最後までお付き合いいただければ幸いです。なお、Adamの写真はすべて
Lambert-Pics.com より拝借しています。L.A.Timesのインタビューについては
koyumiさんのblogで以前詳しく書かれているので、ご参照ください。
LAから車で約4時間、San Diego北東部にあるRancho Bernardoにやってきた。ここはIndianapolisで生まれたAdamが家族と共に最初に移り住んだところ。Californiaのイメージとは離れた、どこか荒涼とした雰囲気を漂わせる小さな街。到着した時はすでに夜だったため、まん丸の月(たぶん満月だ)が赤茶けた、岩山の上空に浮かんでいた。涼しくもなく、暑苦しくもないが、どことなく空気が乾いているような気がした。月明りのせいか夢の中にいるようだ。
地図で見ると車で20分ほどのところ、南東にアメリカ先住民の居留地があり、南西にもう少し下ると、San Diegoのダウンタウン北にMiramar(ミラマー)基地がある。メキシコに近い場所であることが地名などからも伺える。明け方、今日はSan DiegoからLAへ移動もあることから6時半前に出発。
この地域にホテル(Holiday Inn)があった、ということが驚きだが、週末ということもあってか、意外に混んでいた。ホテルから一番近かったのは高校だが、順番に追って行こう。フリーウェイでRancho BernardoからRancho Peñasquitosへ入った途端、あっという間に霧の中に包まれた。
Where in San Diego did you grow up?
North County, mostly. When we first moved out there, it was Rancho Bernardo and then we ended up moving when I was 4, maybe 5. Right around the time my brother was born, [we moved] to Rancho Peñasquitos, which is just inland of Del Mar, and that’s where we settled.
L.A.Times; Adam Lambert Ultimate interview Part One より
IndianapolisからRancho Bernardoに移り住んだAdam一家は、弟のNeilが生まれてRancho Peñasquitosへ移った。だいたい車で10分ぐらいの距離だ。この地区の小学校Deer Canyon Elementary Schoolへ通い、その目と鼻の先にあるMesa Verde Middle Schoolへ進学した。住宅地の中にあるこの2つ小学校と中学校。小学校前の家ではちょうどガレージセールの準備をしており、典型的なアメリカの一般家庭、たぶん定期収入がある家庭なのだろう。

みな茶色やオレンジや、そんな色の住宅ばかりで、モデルハウスのようにきれいだった。Adamのママがこの地を離れ、LAへAdamと一緒に移住することになった時、この地を離れるのが辛かったとインタビューで話していたが、この雰囲気を感じると私でもそう思う。愛着があるだけではない、ここは安心して暮らせる、家族みんなが暮らせる街、文字通りHomeTownのようだった。
When did you realize you had musical talent?
At 10 years old, I was put into a musical theater company, a children’s theater company. I was really creative early on and I think my parents were trying to figure out what I wanted to do. I had a lot of energy. (省略) They tried everything -- swimming lessons and other activities -- but I was very creative at home and wanted to play dress-up and make believe and recite things, so they figured that theater was a natural fit.
How old were you at that point?
I was 12 or 13 and I really enjoyed singing it and all of a sudden, everybody was saying, “He’s got a really great voice,” and there was all this buzz. All the parents were saying, “He can really sing,” and the director said, “You sound great. Do it again,” and he was showing me off, having me do it for all the other kids. That was when I started taking voice lessons and knew this is something I really like. I’m good at it.
(省略) But there was something about singing -- the idea of using my voice, I was very comfortable with that.
L.A.Times; Adam Lambert Ultimate interview Part One より




Mesa Verde Middle Schoolでは、ちょうど入口のすぐ横にPerforming Artsの校舎があり、Adamの時代にあったのかは不明だが、彼が10歳からMusicalを始めたことを思い出した。America Idolの番組の中でも写真が公開されていたが、少し赤みがかった金髪、そばかすがあって、わんぱく坊主みたいな典型的なアメリカの男の子だったAdam。いろんなことを試した結果、Adamが一番自分にあっていると思ったのが「歌う」ことだった。それは彼を夢中にさせた。彼と一緒に歌のレッスンに通っていた子供、親達、教師までもが、Adamの声に可能性を感じていた。彼がこの学校に通っていた時から音楽人生は始まったのだ。それは今からほんの17年前(1992年)のことなのだ。
(省略)Then in high school, I was in chorus and I was also in the drama club and I sang with a jazz band, so I had a bunch of different outlets. And there was also a thing that they did in high school called Air Bands. It’s a big deal in San Diego and it’s almost like a staged music video. Everybody lip syncs but it’s like a performance. It’s hard to explain. It’s like a choreographed staged costume concert. You know, if you look at Janet Jackson or Madonna or Michael Jackson, their concerts are really stylized. And it was like kids taking music and creating medleys and costuming and building sets and creating a storyline through them. It was this big competition in San Diego and I got really involved in that in high school and I look back now and realize there was so much that went into it and I got so passionate about it that I think that kind of mentality of putting together a show from start to finish is definitely going to come in handy in the future. It did on “Idol,” [the idea that] I had to put a number together.
L.A.Times; Adam Lambert Ultimate interview Part One より

この小学校と中学校から車で、Rancho Bernardo方面寄り、10分もかからないところにMount Carmel High Schoolがある。Adamは小さい頃から歌がうまかった。でもその歌をさらに魅せるために、別のエッセンスも必要だ。高校時代Air Band(トータルコーディネートされたコンサートのようなもの、自分でメドレーを作り、衣装からセットまでを考えたもの)の大会がSan Diegoであった。高校時代、かなりの情熱を持って、ステージパフォーマンスに傾倒した、このAir Band経験が何を隠そう、American Idolで遺憾なく発揮されたのだ。
While you were doing this theater work, were you also listening to rock music?
In high school I started watching MTV and listening to pop music. As random as it sounds, I was really into Missy Elliott and I remember that Britney and Christina had just come out and ’N Sync and Backstreet Boys. I liked all the dance remixes.
You mentioned being in a jazz band during high school, so you were exposed to all kinds of music.
When I was younger, I listened to a lot of musical theater and then as I got older, I wanted to hear cool pop music.
The jazz band would have guest singers for their concerts and that was a really good educational experience too because that was the first time that I was singing with a full band. (省略) the jazz band was cool because it wasn’t musical theater. It was swing standards, so that was a departure for me and I did some Sammy Davis Jr. You know, standards like “Paper Moon.”
Were those standards new to you?
I had heard them here and there but a lot of them were new and I would have to learn them. We did some blues. It was very educational. And then in choir, we were like a classical choir. So we were doing a lot of Latin and various languages and it was all a cappella and very orchestral and complicated. That taught me a lot about using my ear and harmony.
L.A.Times; Adam Lambert Ultimate interview Part One より
高校時代がちょうどMTV世代(Britney、Christina、’N Sync、Backstreet Boys)で、今まで自分がやっていた昔ながらのMusicalとは別の、クールなPop Musicが聴きたくなった。もともとRock Musicについては父親譲りというか、両親の影響で自宅でも耳にすることが多かったと思うが、アメリカのルーツとも言えるStandard Jazz やBluesにも接し、彼の音楽は新たなものをどんどん吸収して行ったのだ。
余談だが、ここは実は映画の舞台になっている「Bring It On(日本題:チアーズ!)」だ。映画の中のRancho Carne High Schoolは地名と高校名をもじったものではないかと私は考えている。実際、土曜日の朝7時前だったが、チアの女の子達が駐車場横でこれから練習に入るのか、おしゃべりしたり、準備体操をしていた。その向こうにはテニスコート。すでにテニス部は練習が始まっていた。
私が行きたかったのは陸上のトラック、いやアメフト?何でもいいけど(笑)Adamが番組のHome Comingの時、パレードした場所だ。ここへ行くには駐車場を突っ切って、チア達を横目に、テニスコートを背にして、丘の上まで登らなければいけない。本来ならトラックに入るには許可が必要だったが、少しだけ空いていたスペースから中に入り込む。中には2人だけ、ゆったりとトラックを走っている学生がいた。


At this point, did you know what you wanted to do with your life?
I wanted to perform. Even in high school, I was saying, “I want to be on Broadway. I want to go do theater.” So I had this dream that I was going to go to New York and do Broadway and go to college first. My grades weren’t ever amazing because I was so distracted with all the outside activities that I never really cared enough. I was like, “Eh, I don’t want to do my homework. I don’t want to study for the test.” I just got by. I was a B student and so I didn’t have good enough grades to get into the good schools for theater. I wanted to go to NYU. I wanted to go to Cincinnati. I applied to them and I didn’t get into any of them. I did get into California State Fullerton.
L.A.Times; Adam Lambert Ultimate interview Part One より
Adamにとって高校の思い出はどんなものなのだろう。Musicalや前述のAir Bandにのめり込んでいたAdamは、自分は決して学業に集中していなかったと答えている。グレードBの学生だった、と。私が唯一見た高校時代のAdamは皆様ご存じの卒業式での動画。金髪で、ちょっと太っていて(?)自分の目を疑うほどの別人ぶり(苦笑)そんなAdamも決してみんなの人気者、という訳ではなさそうだ。
chachaさんが教えてくれたのだが、新学期が始まった時、Adamは髪をワインカラーとオレンジに染め登校し、ほとんどの生徒から避けられたということがあったらしい。誰しも高校時代は同じ悩みを抱えていたのだと思う。他人とは違う自分をどう受け入れるか、という根本的な悩みを。以前ご紹介したAdamのインタビュー記事より。
"Conforming is not cool, Embracing who you are and what makes you different is actually what's really cool ... The kids that are different and out there and expressive and bold are with those choices, those are the people that grow up to be people we all want to hang out with, that become celebrities or become really successful in what they do because they believe in who they are."
”誰かにあわせることはCoolじゃない。みんなと違う子供達がいて、彼らがそれを大胆に表現し、自分の道を選び、成長して、みんなが憧れる人になったり、有名人になったり、自分自身を信じて成功すること。自分自身を受け入れて、どんな風に人と違うことができるのか知るのが本当のCool。”
Home Comingでも似たようなスピーチをしたAdam。まさかこんな形で高校に帰ってくるとは、大勢の生徒達に見守られながら、大歓声の中パレードする自分を、友達も少なく、孤独だった高校時代の彼は想像しただろうか?彼の胸に込み上げてきた感情はどんなものだったろう。Bitter and Sweet。苦い思い出と、楽しい思い出。きっといろんなことが、頭の中で巡ったはず。感受性が強く、周りにあわせるのが苦手で、孤立していた時もあるだろう。一方で、卒業式で歌うという大役を担った思い出の地でもある。
自分と同じような悩みを抱える多くの生徒達にとって、Adamの言葉はどんな風に心に響いたのだろう。たった一人の存在が他人の人生に多大な影響を与えることがある。きっとこれからの未来、彼らはAdamの言葉に何度となく励まされるだろう、遠く日本から来た私のように。
AdamのHomeであるこの地に立ち、彼が毎日通った学校を訪ね、彼を包んでいた風や霧や空気に触れ、彼を見守っていた星や月や太陽を見上げることができた。彼はまだ27歳なのに、もう巡礼の旅?(笑)と思わず苦笑したが、Adamに会わなければここに来ることはなかった。Adamという存在がここに私を導いたのだ。彼を育んだ街は、普通だったら通り過ぎてしまうような、名前も知らない小さな街。
しかし、この街で育った、幼いAdamがたくさんの音楽に触れ、パフォーマーを目指すことを決めたことによって、私は今ここにいるのだ。そしてまさにAdamが高校を卒業するかしないかの、ちょうどその時、2001年にAmerican Idolという番組が全米でスタートした。運命と呼ぶにはあまりに劇的なタイミングだ。ちょっと涙が溢れそうになる。なんだか「ありがとう」と言いたくなる。神様、Adamをずっと見守っていてください。そう願わずにはいられないAdam Lambert故郷への旅でした。
ピョルさん
すてきなレポートをありがとうございます!
サンディエゴまでの道のり、大変だったみたいですが、無事たどりつけて良かったですね!
校庭の砂、拾って来た?(笑)
アダムは結局、Wickedのキャストを獲得して(補欠だけど)初めて、子供時代からずっと努力してきたことに対して区切りをつけられたと思うのですが、番組のホームカミングデーで母校で歌った時、高校時代の思い出にもピリオドを打つことができたのでしょうね。
在校生にとっても、すばらしい経験だったと思います。
私のブログからもリンクさせていただきますね!
by koyumi (2009-09-08 09:02)
ほりけん様、nice!ありがとうございます!
by ピョル (2009-09-08 10:12)
koyumi様、こんにちは。コメントありがとうございます。
ほんと、LAではいいことなし!でしたが、Adamの故郷は違います。う~ん、校庭がなかったんで(苦笑)砂はもって帰りませんでした。
何かに区切りをつけるのは大変なことですが、高校時代って誰にでもいい思い出ばかりじゃないし、Adamだっていろいろあったんだと思います。
ちょっとばかしセンチメンタルな記事になりすぎましたか?(笑)この後はLAに戻った後の、Adam軌跡の旅を報告しますね!
by ピョル (2009-09-08 10:16)
今、電車の中で、不覚にも涙を落としそうになりました。
自分探しにもがいていた不器用なほど正直な少年アダムが、ピョルさんの目と耳と筆を通して、眼前に浮かんだような気がして。
アダムの歌が私達をとらえて離さないのは、決してその恵まれた天分のためだけじゃないですよね。
彼もまたピョルさんの旅のごとく、勇者だけに与えれる試練の曲折を経て、正しい時に正しい場所に立った奇跡の人だと思います。
素晴らしい巡礼の記録をありがとうございます。
by chacha (2009-09-08 14:30)
chacha様、こんにちは。コメントありがとうございます。
番組の中のAdamだけ見て、アマチュアのオーディション番組にプロが出てきてなんて、言ってた人に言ってやりたいです。Adam以外にも既にレコードデビューした人だっていたし、バンドやっている人だっていたし、だからAdamだけそんな風に見るのは許せなかった。
彼だって一人の人間で、私達みんなと同じように悩んで苦しんで、挫折して、それでも希望を捨てずに、自分の進むべき道を決め、それに向って最大限の努力をした末に、あれだけのパフォーマンスを見せてくれたんですよ。
私も今、これを書いてて泣きそうになりました。Adamだからこそ、私は彼のゆかりの地を歩きたかった。他の誰でもない、Adamでなければ、私はLAなんかには行かなかっただろう。
行って良かった、今はそうしみじみ実感しています。
by ピョル (2009-09-08 15:16)
ピョルさん、初めまして!
素晴らしい文を読み、もう泣きそうになりました。これから夕飯の支度だというのに、心が震えて体が動きません。
実は、Adamの笑顔の下に隠された悩み、苦しみ、葛藤、そして希望をいつも感じて取っていました。
だから、A Change Gonna Come を聴く度に、胸がジーンとして、泣けてきます。
特に、a change をmy changeに変えて歌うところは、彼の想いが凝縮されていて、歌い終わらないうちに、拍手、拍手なんです。
それこそ、彼には、big change!になりましたね。
本当に、素晴らしい巡礼の記録、有難うございました!!
そうそう、ピョルさんの文を読んでから、月を見上げては、Adamに想いを馳せています。
by Boku (2009-09-08 17:24)
Boku様、初めまして。コメントありがとうございます。
今初めて「A Change Gonna Come」の歌を「My change~」と歌ったことに気付きました。ありがとうございます。
「One」の時もレコーディングバージョンで「Sister, My Brother」と変えて歌っていますよね。そう考えると、もっともっとよく聴いたら、新たな発見があるかもしれませんね。
Adamは常に変化を恐れない人だと思います。でも、それは自分の中にぶれない一本の線があるからだと思います。その強い意志に隠された、繊細な内面を私達は彼の声から感じるのです。
特にバラードを歌う時のAdamの声を聴くと、涙が止まりません。これは人の心を打つというより、聴く人の心を包みこむ暖かさや、柔らかさ、優しさ、切なさを、Adam自身が持っているからなのだと思います。
本当にAdamは素晴らしい、尊敬できる存在だと思います。こんなに頑張っているのに、彼を認めてくれない人がこの世の中にいるなんて、信じられないくらいに!
Boku様、他の記事も読んでくださって、ありがとうございます。今日のお月様も輝いていると思います!
by ピョル (2009-09-08 19:12)
noel様、nice!ありがとうございました。
by ピョル (2009-11-14 17:25)